失わず 敵を造らず 自ら 幸いの道を行く

人間は皆、不完全な存在です。しかし、不完全だとわかっていても、相手には完璧を求めてしまうのが人間です。

だからこそ、御教えのまま(寛容者)となり、赦し合い、助け合い、譲り合って、愛し合う生活を送ること。

そうすれば、敵をつくることなく、幸福健康の人生が約束されます。

さらに、寛容さが失われている今の社会にも、あなたの(寛容の精神)をいただきますことを、心からお願い祈ります。


和カイロ院長
若林和夫


神は汝等の過去を問い給わず 神は唯 汝等の寛容者か否かを問い給い 寛容者に対しては その時その場に於いて 無条件に即決の救いを垂れ給う

神は過去の一切を問題にされません。 今、現在のあなたの心が寛容であるか、そうでないかを問われます。

つまり、今、この瞬間に(寛容の精神)を発揮することができれば、どんな事情があっても、その時その場で、即決に救ってくださるのが、神の大慈大愛なのです。


和カイロ院長
若林和夫


寛容の精神は 幸福健康の基礎にして 寛容の精神に欠けたものは 幸福健康を求むるの資格なし

幸福健康になりたいのなら、(寛容者)になること。心に引っかかっている一切をかなぐり捨て、わだかまりを取り除くことです。

人間は本来、(寛容の精神)を備えているものなのですが、何かにこだわり、囚われてしまうと、感情のとりこになってしまいます。

だからこそ、信仰によって(寛容の精神)を培っていけるよう、努力し続けなければならない。


和カイロ院長
若林和夫


寛容の如何なるかを心得たる者は 小事にこだわらず 小事に囚われず 小事に悩まず 故に 自ら我れを苦しめる事なく 明朗心を失わず そのまま幸福の道を行く

どんな事情があっても、自分を苦しめれいるのは些細なこだわりであることに気づき、そのこだわりをサラリと流すことです。

そして、目の前の小さな事に囚われず、ただ、今生かされている事に感謝し、明るい心で生きていきましょう。


和カイロ院長
若林和夫


寛容とは 寛大にして人を咎めず 人を憎まず 人の過ちを許して 人と離れず 常に 清濁合わせ呑むの気概を似て 融和融合の精神を失わず 寛容は 是れ善の初めにして 寛容をもって 常に善ならんとする者は 徳善偽善の虜とならず その生涯に幸い多し

まさに(寛容)とは、広く大きな心をもって、すべての人を受け容れることによって、外なりません。

自分のことは棚に上げて、他人のことはよく見えるのが人間です。

だから、人の嫌な面が見えると、その人の悪口ばかりを言ってしまいます。

それでは、いつまでたっても幸せにはなれません。

「人は、それぞれ考えが違って当たり前。違うからこそ楽しい」と、違いを楽しめるような清濁合わせ呑む心になることです。

そうして、どんな人とも心を通わせられるのが(寛容)であり、それが善人となるための最初の一歩なのです。


和カイロ院長
若林和夫


寛容者となるか ならざるかに寄って その人の運命自ずから決まる

自分の運命は、自分で切り拓いていくもの。その時、(寛容者)になるかならないかは、運命を切り拓く大きな鍵になります。

だから今、すべての人を受け容れる(寛容者)になるのだと、固く決意しましょう。先ずは、決意することが大事なのです。

それでは、(寛容)とは具体的にどういうことなのか。御教えから考えていきましょう。


和カイロ院長
若林和夫


寛容の精神に富めるものは 其の心広く柔らかにして 楽しき生涯を全うすれど 寛容の精神に乏しきものは その心狭く固くして 自らものが生涯を苦しめる

身の回りに起こる様々な出来事は、寛容の人になるための修行に外なりません。

したがって、様々な出来事が起きた時、それにとらわれ、相手を責め咎めるような心が狭く(寛容の人)に乏しい人は、障害、その事情や相手に苦しめられます。

しかし、どんな事情に遭遇しても、広い心で受け止め、柔軟に対応できる(寛容の精神)に富める人は、いつまでも囚われることなく、誰とでも親しく仲良くできるので、自ずと楽しい人生を送れるようになるのです。


和カイロ院長
若林和夫


人間心は広くして狭し 人間身体は柔らかくして固し 人間生活は楽しくして悲し 人間人格は善人と悪人の混合態

人間ですから、時と場合によっては、心が広くなれる時もあれば狭くなる時もあり、身体もまた柔らかくなったり硬くなったりします。

生活も同様、楽しい時もあれば悲しい時もあります。

つまり、善なる部分と悪なる部分が混在している人間だからこそ、(寛容の人)となることが大切だと論されるのです。


和カイロ院長
若林和夫


2018年10月 みおしえ  寛容の精神

神様は寛容者に対して無条件に救いを垂れ給う 故に汝等今日より 寛容の人となり 善の道と幸の道を行け


(寛容)とは、一言で言えば「心が広い」と言うことです。

どんなことも、どんな人も受け入れるような広い心を持った(寛容者)になった時、神様は私たちを無条件に救っていただきます。


和カイロ院長
若林和夫


世界平和への思い

この世の中を良くするためには、私たち一人一人が世の中を善くしようという心になる事です。

「自分自身が住みやすい家、住みやすい社会を作り上げよう」

と強く念じることが大切です。


和カイロ院長
若林和夫


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